2011年3月22日火曜日

炊き出し、交通整理… 生徒の活躍で助け合いの輪が広がる 岩手・大槌高の避難所

東日本大震災で加藤宏暉(こうき)町長はじめ1000人以上が死亡・行方不明となった岩手県大槌(おおつち)町の県立大槌高校では、自宅を失い学校で寝泊まりする生徒ら約40人が食事の配膳(はいぜん)や交通整理など、避難所の運営に力を尽くしている。
 同校2年、水留望見さん(17)は「こうなった以上は元の生活に戻るまで協力し合いたい」と話す。震災当日、高台の学校にいた多くの生徒は、津波で町が流される様子を呆然(ぼうぜん)と見つめた。まもなくして、被災した町民らが命からがら学校へ逃げてきた。少しでも寒さをしのいでもらおうと考えた生徒らは、教員に指示されることなく、取り外した教室のカーテンを掛け布団代わりにし、被災者を受け入れるために校舎のかたづけを始めた。伊藤晃教諭(39)は「教員と生徒の上下の関係を離れ、困難を乗り越えようとする仲間になった」と語る。
 同校で生活する被災者は約600人。物資が搬入され、炊き出しが始まると、生徒らはおにぎりを握って被災者に配った。するとほかの被災者が「自分たちも役に立てることがあれば」と、厨房(ちゅうぼう)に集まるようになり、調理を手伝うようになったという。

2011年3月17日木曜日

欽ちゃんホッ…気仙沼ちゃん、無事発見


タレント、萩本欽一(69)と共演して大人気となり、東日本大震災で行方不明となっていた宮城県気仙沼市に住む元タレント、気仙沼ちゃん(本名、白幡美千子さん)が無事だったことが16日、分かった。同市沖の大島で民宿の女将を務めていたが、大震災の影響で島内に孤立。その後、避難所に身を寄せていることを白幡さんの姉が確認した。大震災に心を痛める欽ちゃんも、ひとまずはホッとしているという。
 70年代後半のフジテレビ系バラエティー「欽ちゃんのドンとやってみよう!」で東北弁と天然ボケでお茶の間の人気者になった気仙沼ちゃんこと、白幡さん。被災から6日目で、無事の情報が入った。
 白幡さんの親族や欽ちゃんの所属事務所などによると、15日深夜に気仙沼市に住む白幡さんの姉から、都内に住む親族に「大島の避難所にいる」との連絡があった。女将を務める民宿の従業員と夫の弟夫婦、姪と一緒にいるという。
 気仙沼市は11日、最大で震度6弱を観測。約3500人が住む大島は大津波や火災などで壊滅的な被害を受けた。現在は高齢者や子供など約1300人が孤立。食糧などの物資不足が深刻化している。
 都内の親族によると、白幡さんの民宿は小高い丘にある3階建てだが、1階が浸水。水位が引くのを待って、島内の避難所に移動したという。現在も携帯電話などが不通で、この親族は「本人と話しができていない」と不安げに明かした。
 民宿には白幡さんと欽ちゃんの写真などが飾られており、「欽ドン」終了後も欽ちゃんは番組収録などでたびたび、民宿を訪れていた。
 欽ちゃんの所属事務所によると、欽ちゃんは当時から「あの娘は大ボケでおもしろいねぇ~。だれもかなわないよ。人柄も良いし」と話していたという。13日に行われた「コント55号」の相方で故・坂上二郎さん(享年76)の葬儀・告別式後も「気になってるんだけどねぇ」と気遣っていた。
 白幡さんが避難する大島は16日、雪が降る寒さで、いまだに救助のめどは立っていない。所属事務所によると、一報を受けた欽ちゃんは「とりあえずはホッとした様子だった」と語った。

2011年3月14日月曜日

【パソコン快適活用術】災害時に役立つパソコン用品と作業手順

今回の大震災による電力不足を受けて、2011年3月14日現在、輪番停電が予定されていると同時に節電の呼びかけも行われている。そこで、今回、災害時に役立つパソコン用品の紹介と、行っておくべき作業について紹介したい。

まず、災害があろうとなかろうと常に行っておくべきなのは、データのバックアップである。普段、バックアップを怠っているユーザーは、これを契機に分散しているデータの一括集中バックアップをしておくことを推奨したい。
デジカメのメディアに入ったままになっている写真や動画データ、購入した音楽データ、仕事のデータなど、複数のPCや周辺機器に入っているデータは、大容量のポータブルハードディスクにまとめてコピーしておくべきである。
ポータブルハードディスクならば、それ自身の電源を必要としないので、余震が起きて避難をする際に、サッと持ち出すことができ、避難箇所でも別のパソコンに繋げばすぐに使うことができる。
さらに、親戚友人の住所録や仕事の最重要ファイルなど、損失した場合の復旧が極めて困難なデータについては、Dropboxなどのオンラインストレージにもコピーしておいたほうがよい。
最悪、ポータブルハードディスクを破損しても、オンラインでデータは保全されるので、復旧が容易である。また、余裕があれば、PCの起動ドライブのイメージもバックアップしておくべきであろう。
アーク情報システムから発売されている、「HD革命/CopyDrive Ver.4」は、異なるマシンでも起動可能なハードディスクコピーソフトである。
通常はマシンの入れ替えのときに使うものだが、余震などによってパソコンが故障してしまった場合でも、別のパソコンに買い換えてすぐに環境を復元することができる。
最後に停電対策だが、ノートPCをメインマシンにしているユーザーは、停電になってもバッテリーが電源を維持するので、それほど心配は要らないがデスクトップPCのユーザーは、UPS(無停電電源装置)の購入を検討してもよいかもしれない。
停電になっても電源を維持できるので、不意の電源断によるデータやシステムの損失を避けることができる。
つまるところ、データの損失をいかにして防ぐかということであり、これは企業でも個人でも変わらない災害時の鉄則である。

2011年3月12日土曜日

中田英寿が日本の大地震を懸念「早く帰国したい」―香港

2011年3月11日、元サッカー日本代表の中田英寿氏が、香港で大型チャリティー機関のイベントに出席した。星島日報が伝えた。

1878年にスタートした香港で最も伝統ある慈善団体「保良局」が大型チャリティーイベントを開催。香港でも依然高い人気を誇る元サッカー日本代表・中田英寿氏も招かれて出席し、香港でのサッカー発展にソフト・ハードの両面から尽力することを約束した。

【その他の写真】

この日の午後、日本では東北地方を中心に「東北地方太平洋沖地震」が発生。すでに家族や親友とは電話連絡が取れていると話した中田氏だが、「とにかく早く帰国して状況を知りたい」と心配げな面持ちで語った。

2011年3月11日金曜日

津波で漁船や車が多数飲み込まれる 岩手・釜石市


岩手県釜石市の海岸近くでは津波の勢いが強くなるとともに、一帯の水かさが増していった。やがて道路が冠水したが、津波の勢いは一向に収まらず、停泊中の漁船を次々とのみこんでいった。轟音とともに、川を流れるように陸地に向けて流された漁船は、今にも道路にぶつかりそうだ。道路からは橋から沢山の車両が落ちており、波にのみこまれながら、流されていった。

2011年3月8日火曜日

「やっぱり私は“スケ晩婚”」南野陽子が結婚会見 相手は欽ちゃん似



3日に39歳の会社社長と結婚し、京都の平安神宮で挙式した女優、南野陽子さん(43)が4日、都内で会見し、「ようやくこの時を迎えられて、やっぱり私は“スケバン婚”なんだなと思いました」と、出演作「スケバン刑事(デカ)2」(昭和60年、フジ系)と「晩婚」とをかけたダジャレで喜びを表現した。

 取材陣から「相手は誰に似ているか」と質問されると、照れながら「萩本欽一さん。笑ったら目がたれるところとか」と話した。

 黒のブラウスとジャケットというシックな装いで登場した南野さんは、やや緊張した表情で冒頭、「昨日のひな祭りの日に結婚しました」と切り出した。

 出会いのきっかけは、昨夏、友人と行った焼肉店での食事の席だったといい、「おいしいお肉を食べて盛り上がりました」。ひとめぼれより、おいしい食事につられて、その後もデートをするようになったと交際の経緯を明かした。

 しかし、「誠実な方で、行動力もあり、関西人同士の会話も楽しかった」と話し、フィーリングも合ったことが結婚の決め手になったようだ。

 プロポーズの言葉は、「はじめは冗談が本気がわからなかったんですけど…」としながら、「結婚しよう。家族になりましょう、でした」とうれしそうに報告した。

 「デビュー当時は23歳でプロポーズしてくれた人と結婚しようと思っていたけれど、時間がかかってしまった」と南野さん。「なにかあったときには、皆様に報告しますとずっと言ってきましたが、やっと実現できました」と、待ちに待ったゴールインに春爛漫の笑顔をみせた。


2011年3月6日日曜日

今度は“美人すぎるアテンダント”はやぶさ「グランクラス」に




東北新幹線の新型車両E5系「はやぶさ」が5日、待望の営業運転を開始した。

 「はやぶさ」の高級座席グランクラスでは、美形がそろった13人の専任アテンダント(客室乗務員)がサービスに当たる。その1人、青森県むつ市出身の坂本友佳さん(26)は5日、新青森からの上り一番列車に乗務。「2002年の東北新幹線八戸開業でふるさとに新幹線が来た感動を胸に、青森の方々をいろいろなところへご案内し、多くのお客さまを青森にご招待したい」と意気込んだ。

 SPEEDの上原多香子似の坂本さんは、地元の高校を卒業後の04年、JRの車内販売を担当する日本レストランエンタプライズ(東京)に入社。青森と北海道を結ぶ特急スーパー白鳥などに乗務してきた。昨秋のグランクラス専任アテンダント公募に手を挙げ、約2000人の車内販売員から選ばれた。

 空のファーストクラスを意識。「極上のおもてなし」を掲げたグランクラス。通常のサービス手順以外にも、さまざまな状況をシミュレーションしながらの訓練をした。

 「サービスは時間との闘い。お客さま1人ひとりに応じた臨機応変さが大切だと感じています。すべてが新しく、これまでになかったすてきな空間。最高の舞台にいられることがうれしい」と目を輝かせた。(サンケイスポーツ)